群馬大学 工学部(昭和45年〜昭和63年)
年 代
出 来 事
昭和45年
正会員会費年1,000円、終身会費10,000円に改正。新井理事長、加賀山顧問叙勲祝賀会開催。
昭和47年
母校創立60周年記念祝賀行事および事業ならびに祝賀資金の募集計画立案。60周年記念事業として母校の講堂および本館の一部保存を文部省と交渉、移転費1,000万円の予算案通過。
新井理事長再任(5期)。副理事長野間仁一氏(大10W)死去、代って塚越平人氏(17C)就任。
昭和48年
情報工学科設置、伊藤教授工学部長就任。岩崎短大主事再任。
昭和49年
森田先生叙勲祝賀会開催、新井理事長再任(第6期)。社団法人に組織換を企画。
昭和50年
創立60周年運営委員会結成、創立60周年記念式典挙行学内開放、記念事業として記念館の改修、記念品の陳列。法人化組織の進展。中里短大教授同主事就任。
昭和51年
新井理事長退任。吉田副理事長、理事長に就任。後任に金谷善介氏(10W)就任。なお本年より副理事長(学内)が増員され書上誠之助教授(13W)が就任。松井教授(11D)工学部長就任。森田元工学部長逝去。
昭和52年
会費の改正行われる。本会の名称を「群馬大学工業会」とする。正会員15,196名、学生会員2,400名、特別会員551名、支部数60に。
昭和53年
10月の臨時総会において、会計年度を4月1日から翌年3月31日までとし、これに伴い予算の組替、規約の一部改正などを行う。常任顧問加賀山猪三郎、事務員並木久吉両氏退任、津久井勉氏、事務員に就任。基本金積立協力金制度設定同募集開始。
昭和54年
建設工学科設置。忍足短大教授同主事に就任。仙之倉山荘再建に協力し落成にこぎつける。元本会理事長加賀山猪三郎氏逝去。
昭和55年
副理事長(学内)に木下茂武教授(16W)就任。町田教授工学部長に就任。泉州および多摩支部は相次いで発展的解消。所属会員は、それぞれ大阪および東京などの各支部に編入される。工業会の法人化についで活動開始。
昭和56年
石原事務員退任、代わって、高頭基之氏(13M別)就任。西田記念事業(西田伝記刊行と西田基金設定)募金開始。法人化問題は当面頓挫。
昭和57年
栗原正氏(16W)事務員に採用、本会事務の強化を図る。副理事長(学内)に桑村常彦教授(17D)就任。西田基金を核として財団設立を計画。
昭和58年
財団法人群馬大学科学技術振興会設立許可。滝口教授工学部長に就任。中里短大教授同主事に就任。第二、第五、七代幹事長吉田善一郎氏逝去。
昭和59年
西田伝記刊行。西田記念事業は一応終結。理事長(学内)に倉林俊雄教授就任。コンピュータ印刷による会員名簿制作に着手。埼玉支部は浦和支部と川越支部に、湘南支部は平塚支部と厚木支部に分割。また、群馬県、埼玉県および神奈川県では県内各支部をもって、それぞれ群馬県連合支部、埼玉県連合支部、および神奈川県連合支部を編成。
昭和60年
コンピュータ印刷による会員名簿(60年版)完成、発行。油川博教授工学部長に、忍足舜吾工業短大教授(16M)同主事に就任。
昭和61年
群馬大学大学院工学研究科博士課程設置期成同盟設立。本会も設置推進に協力。副理事長(学内)に中村好雄教授(22C)就任。
昭和62年
森永廣工学部長に、中里恵一工業短大教授(17W)同主事に就任。松井善作商工学友会長(商工大13W)死去。吉田理事長は、健康上の理由により理事長を辞任。後任に金谷副理事長就任。副理事長に佐原富三氏(22M)就任。早川政雄氏(商工7M)商工学友会長に、北山清氏(商工16M)および本田孝太郎氏(商工16M)同副会長にそれぞれ就任。栗原事務員退官、代わって井上市子氏就任。
昭和63年
大屋正尚工業短大教授同主事に就任。通常総会において、理事長3名を6名に増員することが承認され、新たに五十嵐健雄(23E)、早川政雄(商工7M)、斎藤守弘(31TW)の3氏が就任。また学内副理事長には新井幸三氏(26C)が就任。高頭事務員退任。吉成敏郎氏事務員(主任)に就任。津久井事務員退任。かわって竹内研一氏就任。

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