群馬大学 工学部(昭和24年〜昭和44年)
年 代
出 来 事
昭和24年
群馬大学設置。母校は群馬大学に包含され同工学部となる。初代工学部長に平田校長就任。
昭和25年
九代理事長に加賀山猪三郎氏選任。工学部教養課程在置運動起こる。
昭和26年
桐生工業専門学校閉校式挙行。本会の改名を「桐生工業会」と改め、会誌を「桐生工業会会報」と改称。
昭和27年
周東主事、母校厚生係主任に転出。主事を廃し、佐藤政蔵氏事務員に就任。終戦後第1回の文化祭催さる。入会金200円、会費年額300円と改正。名誉会長に西田前校長を推戴。西田産業科学振興会発足。
昭和28年
元校長本会名誉会長の西田先生逝去。2月1日校葬執行。工業短期大学部開学。主事に森田工学部長併任。
昭和30年
母校創立40周年祝賀会挙行。岩本教授第三代工学部長就任。
昭和31年
会報年2回の発行を年3回発行に。西田記念賞設定(工学部,短大)。
昭和32年
応用化学科本館焼失、大沢教授短大主事就任。
昭和33年
入会金300円、会費年額500円、特別会費(5ヵ年前納)2,000円に改正。応化本館復興資金募集開始(各支部に割当)。
昭和34年
下田教授工学部長就任。新井短大教授同主事に就任。準会員制度発足(工学部1,000円、短大700円を入学の際に納入)、入会金を廃止。会報を以降4回発行。
昭和35年
合成化学科設置。本部事務室は、本館の右袖階段教室の隣から本館二階の教官室に移動。
昭和36年
事務職員佐藤政蔵氏に代って鈴木平蔵氏(大10W)が主事に就任。終身会費(7,000円)を制定。母校創立50周年祝賀準備委員会発足。
昭和37年
岩本教授工学部長に就任。岡田短大教授同主事に就任。母校創立50周年記念祝賀創立総会発会式挙行。50周年記念行事および事業資金寄付募集を開始。短大創立10周年式典挙行。
昭和38年
10代理事長に新井幸長氏選任。加賀山前理事長常任顧問に就任。前理事長森島正雄氏死去。本年度総会において、加賀山前理事長へ多年の功績に対し感謝状および記念品を、堀越勇次郎氏のアカデミー賞受賞に対し、祝詞および記念品を贈呈。学生終身会費制度の発足(工学部5,000円,短大4,000円入学の際納入)、準会員制度、特別会員制度の廃止。事務員に並木久吉、稲毛譲両氏を委属して本会事務の陣容を整える。
昭和39年
支部補助内規・慶弔規定を設定。大学院(修士課程)機械工学第二学科設置。周東主事病気退職。
昭和40年
根岸教授(7C)工学部長に就任。岩崎短大教授同主事に就任。大沢治作先生80歳記念会出版祝賀会開催。母校創立50周年記念式典挙行。電子工学科設置。
昭和41年
副理事長に吉田武氏(9M)就任。会費年額800円、5年分前納3,500円に改正。
昭和42年
50周年記念事業の工学部会館落成。工業会本部を会館二階に移転、事務室、会議室を設定、本部陣容をここに固定す.短大の二部昇格運動。大学紛争勃発。
昭和43年
啓真寮新築移転。
昭和44年
横山副理事長死去。町田教授工学部長就任。稲毛事務員退職。後任に石原孫次郎氏を委囑。

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